ブルガリア館とブルガリアヨーグルト
テーマは母なるバルカンの山々
展示は
国家社会の自由の戦い
社会主義25年のあゆみ
ブルガリア1300年の歴史
美しい観光の国
パビリオンは
バルカン山脈をイメージにした。
入り口の石畳はブルガリアの
絨毯を模している。
人口は843万人
首都は人口81万人のソフィア
産業は果実 じゃがいも たばこ
発電 化学 機械 金属 繊維 皮革など
国花はバラ
建築にあたった清水建設は見事に
一辺17mの正三角形をわずか0,5mmの
誤差で組み上げていった。
それは閉会後に首都ソフィアに
持ち帰りたいという要望があったからだ。
因みに北から二番目の建物が高い。
ブルガリアは万博に初参加で
自由と開放の歴史を展示した。
紀元前4世紀のトラキア人の墓の再現
黄金の坪 レリーフ そしてスラブアルファベット
なども展示された。
石油と天然ガスがある国では
あるが外貨獲得のために
観光に力を入れていた。
200席のレストランがあった。
それは農家の趣で
ソフィアで一番のオーケストラの
演奏を聞きながら食事ができた。
メニューはゴグベドと言われるビフテキ
ガムザと云われるブルガリアワイン。
サラダのチョプスカ に ジャム
そしてヨーグルト
明治乳業の開発者は万博のブルガリア館へ
魔法瓶を持参しそのヨーグルトを持ち帰った。
彼らは一生懸命研究を重ねそれまで
日本人が食べたことのなかった本格的な
ヨーグルトを完成しようとしたのだ。
それまでのヨーグルトと言えば
現在の牛乳プリンのような物だった。
ところが 同パビリオンで
現実に出されたヨーグルトは
全く違う物だった。
明治の開発者は あししげく通い
ときには大使館にも お願いに行き
そのヨーグルトの種をもらうことに
成功した。
その後 商品化に向け更なる研究が
続けられた。
そして誕生したのが
明治ブルガリアヨーグルトだ。
国名を商品名にすることを
許したブルガリアはその
できあがった商品を絶賛したという。
おかげで我々はおいしいヨーグルトが
食べられるようになった。
私がこのエピソードを聞いたのは
食品衛生士の講習会でした。
万博での食中毒の話や冷凍食品の普及
のお話も聞けました。
記念スタンプも三角形
ジフコフ首相来日
5月20日のナショナルデー
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ブルガリア館パンフ
初期検討用模型